FreiePresse新聞の1/21付けの新聞にリンデマンカムバック関連の記事が載ってますた。
ショートプログラムを終えた後の記事になります。
Gelungenes Comeback nach langer "Leidenszeit"
"長い苦悩時期”の後のカムバック成功。
フィギュアスケート:シュテファン・リンデマンは2年ぶりに印象的なカムバックを記録した-ベルリンでの強靭なトレーニンググループと自身の幸せとともに。
タリン-約2年のブランクの後、彼はタリンで初めて行われた国際大会で昨日演技した。シュテファン・リンデマンはヨーロッパ選手権でただ一人のドイツ人選手として参加した。ショートプログラムではパーフェクトのトリプルアクセルで彼のパーソナルレコード70.19を記録、彼は9位につけた。
「トップ10以内のハイクラスの位置にいられる機会を得られて僕は幸せ。今夜のフリープログラムでは4回転トーループをやりたい。再びこのパフォーマンスができれば、戻れたことがもっと幸せになるんじゃないかな」
2004年の世界選手権、そして2005年のヨーロッパ選手権で銅メダルを祝福されたエアフルト人は既に前を向いている。しかし彼の主張は長い”苦悩時期”の後に違ったことが起きたという。このシーズン、その大きなファイターの心臓を持つチューリンゲン人の好ましさは既にここで大きな成功を収めた。
すべてにおいて重要とされたドイツ国内選手権で、彼は9歳年下のトレーニング仲間でもあるペーター・リーベルスとのエキサイティングな、そして神経を悩ます戦いの末、代表切符を勝ち取ることができた
彼はまたバンクーバーで2度目の五輪を経験し、そして最終的に彼のキャリアの終わりを飾ることになる。
徐々に高まる
「僕はここ数ヶ月とてもハードに頑張ってきた。とても重要なことは僕が健康なこと、体が際立っていることだ。僕がそう見えて、再び動き始めた時、何でも試そうとした。」とシュテファン・リンデマンは言った。
彼は夏を乗り切り、試合から試合を経て、オリンピック基準を満たすことが出来た時に彼は現実に機会が来たと察した。これで彼には多くの確信だけではなく、さらに野望にも拍車をかけることとなった。
健康問題のため長い休みの「原因」について、シュテファン・リンデマンは大部分で何度も絶望に追い込まれていた。2007年の秋にジレンマは始まり、彼がコンスタントに内転筋と背中の痛みに悩まされた時、手術をして障害を取り除いた。次のシーズンは病気にくるしめられた。繰り返し起こる伝染病のため、彼は国内選手権をキャンセルし、2009年はヨーロッパ選手権や、世界選手権にも出ることは出来なかった。彼にとっては辛い状況下ではあったが、決してあきらめてはいなかった。
彼は注目すべきカムバックを成し遂げたが、彼はベルリンでの強いトレーニンググループの支援があったことも話してくれた。1年間のViola Strieglerの練習は、彼を強いドイツ王者にした。彼の同伴者とともに、彼は一番いいと理解している-たとえ彼ら(トレーニンググループのメンバー)が強い相手であっても-。
大勢の集団の中で公正な雰囲気を支配したことは、例えばドイツ国内選手権でのことだ。彼の金メダルが明らかになった時、”敗者”となったペーター・リーベルスが真っ先に祝福に来たのである。
「僕がエルフルトにいたら、一人で多くのことをすることに何をすべきかということを考えなかったと思う。でも、この集団の中で僕はとても快適に感じている。いつも比較されることで刺激になる。みんなが他の人たちのパフォーマンスを尊重するんだ」今、シュテファン・リンデマン自身で素晴らしい成功を見つけた。彼は2006年トリノ五輪で21位にランクされ大きく挫折した後、彼は新たな方法を模索し、変化することを決意した。今の彼は、ベルリンでコーチとして滞在し、働きたいと思っている。
2000年ジュニア世界チャンピオンのシュテファン・リンデマンは世界選手権そしてヨーロッパ選手権で20歳以上のドイツ人として国際的なメダルを勝ち取り、センセーションを巻き起こした。私たちは彼のカムバックが成功したことに、今、非常に驚いているのである。
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す、すんません。勉強不足で訳し切れてない箇所が相当あるかもしれませんがご容赦くださいorz。
彼がエアフルトから練習環境をベルリンに移したのが2006-2007シーズンあたりだったと思うのですが、そのことが自分にとってプラスになった、という思いで一杯という記事に見えました。
以前、リーベルス兄弟やブリュマたちとの練習はみんなライバルだけど、とても刺激があってね〜といった彼のコメントを見かけたような記憶もありましたし。
ここにも、またリンデマンの公式サイトのメッセージでも触れていましたが、今年のドイツナショナル、ペーターがリンデマンのフリーが終わった直後キスクラに駆けつけて、祝福したという話、これ聞いたときは本当に感動しました。あまり(というかめったにか)こういうシーンは見ない光景だと思うのですが、リンデマンがフリーで本当に凄い演技を見せたんだなあと改めて思ったしだい。現場にいたかったなぁ。
トリノでの挫折を経て、さらに度重なる怪我や病気などで低迷し続け、暗闇の中を新たな活路を模索していた彼が、やっと今シーズンに入ってその道を見つけ、カムバックにたどり着いたこと、本当に嬉しく思っています。
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